伊坂幸太郎『オー!ファーザー』

作家がくだした「この作品を残すべきでない」という直観は、案外正しいのかもしれません。

オー!ファーザー

オー!ファーザー

みんな、俺の話を聞いたら尊敬したくなるよ。我が家は、六人家族で大変なんだ。そんなのは珍しくない?いや、そうじゃないんだ、母一人、子一人なのはいいとして、父親が四人もいるんだよ。しかも、みんなどこか変わっていて。俺は普通の高校生で、ごく普通に生活していたいだけなのに。そして、今回、変な事件に巻き込まれて―。


単行本の<あとがき>で、伊坂さんはこの作品をこう評しています。

「当時、このお話を気に入ってはいたものの、書き上げた際に、「何かが足りなかったのではないか」という思いがありました。(中略)また、物語があまりに自分の得意な要素やパターンで作り上げられているため、挑戦が足りなかったのではないか、と感じずにはいられませんでした。」


自分でわかってるんじゃん、と思いました。正直。
この作品を読んで、かなりがっかりしてしまったから。



この作品、決してつまらない話ではないのです。本を壁に投げつけたくなるような駄作では、全然ない。
いつもの伊坂節は健在です。マンガ的に誇張された、でもどこか魅力的なキャラクターと、彼らが織りなすウィットに富んだ会話。何気ないように見えて、実は周到に計算された伏線の数々。他の作者だったら、十分満足する出来だと思います。


でも、いや、だからこそ、「そこそこ読めてしまう」という点でたちが悪いのかなぁ、と伊坂ファンとしては思ってしまいます。

面白くなくはない。もう少しページを繰れば、いつものように驚きの展開が待っているはず。そんな期待を胸に読み進めていけど、一向に物語は進みません。「父親が四人いる」という、いわば物語の起承転結の「起」の部分は早々に語られます。キャラも魅力的だし、突飛な設定に小技を効かせたシナリオで読ませます。


ところが、冒頭から彼らのエピソードが延々と続く。本編はまだか。とジリジリしながら読み進めていくと、ようやく「承」らしきものがあらわれてきます。いや、実は「承」はほとんど冒頭から始まっているのだけど、きちんとした形となって現れるのが後半になってからなのです。
しかもその本筋もなんだかしょぼくて、「物語の設定を何とか活かそうとひねりだした」もののように感じられて仕方がありません。
これは、いつもの伊坂作品に親しんでいるからこそ、「この何気な一文が実は伏線かもしれない」と疑いながら読み進めているからかもしれませんが。



作者曰く、この『オー、ファーザー』は伊坂幸太郎の「第一期」最後の作品らしいのです。

「そして、その頃からちょうど僕自身の中で「別のタイプの物語を書かなくてはならない」という思いが強くなり、今までとは少し違う小説を創りはじめることを決めていました。あまり好きな表現ではないのですが、簡単に言ってしまうと、その次の「ゴールデンスランバー」からが第二期と呼べるのかもしれません。」

 そういう意味で言えば、あるいはこの作品は「伊坂幸太郎第一期ダイジェスト版」のような立ち位置になるのかもしれませんね。伊坂幸太郎らしさ、の片鱗を味わうにはいい作品かも・・・しれなくもないかもしれない。