本番から遠く離れて

先日、簿記を受験しました。ビジネスマンの必須科目、簿記。遠く北陸の地に身を置く頃からいつか受けなきゃ受けなきゃと思いながら無為に時間を過ごし、早一年、やっと受験することができました。


自慢ではありませんが、学生時代は試験というものが大層得意で、一時期は「俺が答えを書くんじゃない。俺が書いたものが答えになるんだ」と妄言を嘯いたりしておったものです。ちなみに、先の台詞を知り合いに放ったらば、ただ一言、「シネ」と一笑にさえ付されずに真顔で絶命を命じられ、ひどく悲しんだことを覚えています。


ところが、社会に出てから、かつての勢いは完全に削がれてしまいます。辛くも合格をもぎとったとしても、それはボーダーライン上の辛勝。時には不合格の烙印を押されることさえありました。どうした俺の才能。


そんなわけで、最近はめっきり自分の学力に不信感を抱いていたわけですが、なんとかやる気が芽生えない自己を叱咤しながら、試験日までこぎ着けました。試験開始前、試験管が問題用紙を配ります。前の席から順番に。何となく学生の頃を思い出し、懐かしい気持ちになります。この時点では、当然問題は見ることはできません。


次に、解答用紙が配られました。そこには、数字を埋める枠線と、財務諸表の一部とおぼしき数字が羅列されています。それだけで問題を把握することはできないのですが、ある程度の推測はできます。
解答用紙をみた瞬間、「やった」と思いました。これなら解けそうだ。「これ、進研ゼミでやった問題だ!」状態ですね。見事にヤマがあたったのです!無闇に過去問を解いた成果です。


ところが、試験開始直後、実際に問題用紙を開いた瞬間、軽いパニックになってしまいました。解答用紙の形式から類推した問題と、悉く違うのです。どうしよう。俺の時計はぴたりと止まります。
だんだんと、脇の下に変な汗をかいてきました。問題用紙を意味もなく繰っては、問題文に下線を引いてみます。意味がわかりません。どうしよう。焦ります。


幸運なことに、開始五分くらいして、無意識の澱の中に沈んでいたかつての優秀な俺が後方から「落ち着けー落ち着けー」と語りかけてきたので、冷静さを取り戻し、事なきを得ました。はたと冷静になってみれば、それはやっぱり過去問で解いたものに似たタイプで、きちんと順を追って作業すれば問題なく解けるものでした。楽勝楽勝、です。問題用紙は汗でぐしゃぐしゃになってしまいましたが。
 


何が言いたいかというと、たとえ簿記みたいな「平凡な」試験であっても、ここまで平常心を失ってしまうくらい、俺は「本番」から遠ざかっていたんだ、と気づいたのです。解答用紙を汗で濡らし、わかるはずの問題文さえきちんと理解する事もできないほど、焦りやすくなってしまったのだと。


仕事は、営業職ではなく、社内向けの仕事をしております。指示を受けるのも仰ぐのも社内の人間。自然、ミスにせよ成功にせよ、社外向けよりなあなあになります。一回こっきり、これを逃したら次はない、という勝負の瞬間はほとんどありません。


そういった環境のせいにするつもりは毛頭ありませんが、そんな環境が自分をここまで「勝負弱く」してしまったのだと、なんとなく悲しい気持ちで家路についたのでした。